本当にLGBTを理解してもらうとは?差別しないことが正しいのか

LGBT
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今日はLGBTについて書きたいと思います。最近はよくLGBTという単語がニュースでも聞くことが多くなってきました。今回記事にするのは「LGBTを差別しないことが正しいのか」です。Twitterでこんなリツイートが目に留まりました。

「LGBTについて勉強しました。
みんながどこでも胸を張って、
だれに対しても好きだと言える社会にすることが大事!」

とありました。
僕はLGBTのバイセクシャルの当事者ですが「誰に対しても好きと言える社会になってほしい」とは思いません。

Twitterでの意見を否定するわけではありません。
むしろバイセクシャルだというだけで、
LGBTというだけで怪訝されることが多いので、
LGBTについて勉強して理解しようとしてくれる方がいることは
本当に有り難いと素直に思います。

ただ、指導者側も指導方法が不完全で指導してしまうとせっかくのLGBTへの思いが間違った方向にいくと思っています。

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「LGBTだから」ではなく「一人の人間として」

「LGBTだから」ではなく
「一人の人間として」理解してほしい

僕は別にバイセクシャルだからといって気を使ってほしくないです。

胸をはって生きることと、
バイセクシャルなことを一緒にしてほしくない
です。

バイセクシャルなことに負い目を感じているわけではなく、
バイセクシャルを別の人種のように扱われることが辛いです。

俺は普通に男子トイレはいるし、
銭湯も男湯です。
LGBT専用のトイレが作られたらしいですが、

絶対使いたくないです。

いらぬお節介もいいところです。

めちゃくちゃ恥ずかしいです。
LGBTの人は別人種ですか?

LGBT勉強会参加者からの配慮に嫌気がする時がある

さいきんLGBTの勉強会出ました~って人からの気づかい。
本当に嫌な気持ちになります。
気を使われすぎると最高に侮辱されている気持ちになります。

LGBTは障害者ではないですよ?

でも、この意見はワガママかもしてないな。
障害を持ってる人が「私に気を使わないでください」ということと一緒かも。
障害者に気を使わないけど、
合理的な配慮をするというのは難しいです。
当人の気持ちを他人が理解することは難しい。

俺がバイだからって気を使わないでって言うのもおかしな話しかもしれませんね。

「お前何県出身?」
「お前バイなの?」
「へー」

くらいありふれた会話になる世の中になればと俺は望んでる。

前に書いたまじめーなバイセクシャルの記事↓

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